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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2404号 判決

控訴人

金洛龍

ほか一名

被控訴人

新日本交通株式会社

ほか二名

主文

一  原判決を左のとおり変更する。

二  被控訴人らは各自控訴人金洛龍に対し、金三四五万一、八七〇円および内金三二五万一、八七〇円に対する昭和四二年五月一九日から支払済までの年五分の割合による金員を、控訴人山田ハル子に対し、金三二三万九、三七〇円および内金三〇三万九、三七〇円に対する右同日から支払済までの右と同率による金員を支払わなければならない。

三  被控訴人らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その四を被控訴人らの、その余を控訴人らの各連帯負担とする。

五  この判決の第二項は仮りに執行することができる。

六  被控訴人らが各自または共同して控訴人金洛龍に対し金三四五万円の、控訴人山田ハル子に対して金三二三万円の担保を供するときは前項の仮執行を免れることができる。

事実

控訴人ら訴訟代理人は「一 原判決を取り消す。二 被控訴人らは各自控訴人各人に対し金八九九万四、二一四円およびこれに対する昭和四二年五月一九日から支払済まで年五分の割合による金員の支払をしなければならない。三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」旨の判決および仮執行の宣言を求め、被控訴人ら訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は左のとおり付加訂正するほかは原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一  控訴人の主張

(一)  山田国子に過失はない。

国子は事故の起るまえ、自己の右側からその進路に入つてくる車両のうち先行する二車両が停止したので、右側からはもはや車両はこないものと信じて道路の横断を開始し、道路中央付近まで進行し自己の左側の車両状況を確認するために歩度を落し、同方向から進行してくる車もないことを確めた上で歩速を早めて横断したのである。

これに対し被控訴人稲葉勝也は、国子を横断させる目的で停車した先行の二車両があるのに敢えて中央線を超えて右側の車線に出、かつ同所の制限速度(時速三〇キロメートル)を超過した時速五〇キロメートルの高速をもつて国子の直前を走り抜けようという無謀な企図を実行に移したため、本件事故を起したものであつて、その非はもつぱら稲葉にあり、国子にはなんら過失がない。

右のような状況のもとにおいて、稲葉のような無謀な運転をする者があろうとは予側できないことであるうえ、道路を横断する歩行者としてもかかる無法者の存在を予想して行動する義務はない。

(二)  国子の葬儀費用は控訴人金主張のとおりの支出があつたのであるから、右金額が認容されるべきである。

(三)  控訴人山田がうつ病にかかつたことと、本件事故との間の相当因果関係は肯認されなければならない。そのことは本件事故発生前まで健康であつた右控訴人が事故直後から発病し、事故後数年を経過した昭和四七年春頃から漸く快方に向いつつある事実に徴し明らかである。

(四)  国子の逸失利益の現価算定に当つては判例(最高裁判所第二小法廷昭和三七年一二月一四日判決)に倣い、年毎複式ホフマン式計算法によるべきである。単なる数理上の合理性にひかれてライプニツ方式を採用するときは前者に較べ逸失利益の現価が著しく減ぜられる結果被害者の保護を厚くすべしとする社会的要請に反することとなる。

また右計算に際し被害者の稼働開始時までの養育費、教育費等を控除すべきではない。(参考・最高裁判所第二小法廷昭和四五年七月二四日判決)

そこで控訴人らは国子の死亡による逸失利益の現価につきつぎのとおり算定すべきことを主張する。

(年令) 死亡時一六才。

(推定余命) 六〇・一三才(昭和四四年簡易生命表による。但し原審では昭和四一年簡易生命表により五四・五六年と主張した)。

(稼働可能年数) 一八才より六〇才までの四二年間。

(収入と生活費)

(1) 昭和四四年四月から昭和四五年三月まで

(月額平均給与額) 金二万九、二〇〇円

(年間賞与額) 金六万八、五〇〇円

(右各金額は昭和四四年度賃金センサスによる)

(生活費) 収入の三分の一

(右各数値により算出した得べかりし利益―以下いずれも円未満切捨)

(29,200×12+68,500)×2/3=279,266(円)

(2) 昭和四五年四月から昭和四六年三月まで

(月額平均給与額) 金三一、五〇〇円

(年間賞与額) 金七三、六〇〇円

(右各金額は昭和四五年度賃金センサスによる)

(生活費) 収入の三分の一

(右各数値により算出した得べかりし利益)

(31,500×12+73,600)×2/3=301,066(円)

(3) 昭和四六年四月から昭和四七年三月まで

(月額平均給与額) 金三八、四〇〇円

(年間賞与額) 金一五〇、四〇〇円

(右金額は昭和四六年度賃金センサスによる)

(生活費) 収入の三分の一

(右各数値により算出した得べかりし利益)

(38,400×12+150,400)×2/3=407,466(円)

(4) 昭和四七年四月から昭和四七年七月まで

(月額平均給与額) 金四〇、〇〇〇円

(年間賞与額) 金一六五、〇〇〇円

(右金額は昭和四六年度賃金センサス上の金額に一割弱の値上りを織り込んだもの)

(生活費) 収入の三分の一

(右各数値により算出した得べかりし利益)

(40,000×4+165,000×4/12)×2/3=143,332(円)

(5) 昭和四七年八月以降

(月額平均給与額) 金四〇、〇〇〇円

(年間賞与額) 金一六五、〇〇〇円

(右金額は昭和四六年度賃金センサス上の金額に一割弱の値上りを織り込んだものである)

(生活費) 収入の三分の一

(右数値により算出した得べかりし利益の月額)

(40,000+165,000×1/12)×2/3=35,832(円)

(稼働可能年数) 昭和四七年八月から同八五年七月(六〇才まで)三八年間

(中間利息) 年五分

(ホフマン式複式月別計算のための四五六ケ月の係数) 二五五・二〇三二

(右数値により算出したうべかりし利益)

35,832×255,2032=9,144,441(円)

(以上(1)ないし(5)の合計額)

10,275,571(円)

(6) 控訴人らは国子の右逸失利益の損害賠償請求権を後記のとおり二分の一宛相続した。

(五)  国子は健康で明朗、学業成績優秀な上、絵画、書道、珠算に長じ、将来はデザイナーとして身を立てることを夢見て日夜努力を重ねていたのであり、控訴人らはこれを唯一の楽しみとしてきたところ一瞬にしてその生命を奪われたのであつてこの悲しみは筆舌に尽しえない。

すなわち控訴人山田はこれが衝撃となつて「うつ病」にかかり、七年の歳月をへた今日漸く快方に向いつつある有様であり、控訴人金はその間国子を失つた悲しみと妻のうつ病による日常生活上の不便、予期しない継続的出費の苦しみにさいなまされて来たのである。

そこで控訴人らは各自の右精神的苦痛に基づく慰藉料および国子の受けた精神的苦痛により国子が取得した慰藉料請求権を相続したもの(国子の相続人は両親である控訴人のみであり、その相続分は各二分の一である。)との合算額として控訴人らはそれぞれ原審で主張した額と同額の精神上の損害賠償関係の請求権がある。

(六)  控訴人らが原審において主張した損害額に当審において前記(四)で付加訂正した損害額を加へ、同じく原審で主張したすでに受領ずみの賠償金および保険給付金を控除すれば、本件損害賠償義務として被控訴人らは各自控訴人各人に対し、金一、二三〇万七、七八五円づつおよびこれに対する昭和四二年五月一九日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務がある。

そこで控訴人各人は被控訴人らに対し、右金員の内金八九九万四、二一四円づつおよびこれに対する昭和四二年五月一九日から支払済までの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被控訴人らの答弁

控訴人らの当審における主張中、国子の権利義務を控訴人らが、相続分各二分の一をもつて相続したことのみを認めその余は全部争う。

三  証拠関係〔略〕

理由

一  原判決事実摘示中請求原因一 (事故の発生)(一)ないし(四)および(六)の事実につき当事者間に争いがない。

二  そこで本件事故発生の具体的事実態様につき考察する。

この点につき当裁判所の事実認定および判断は左のとおり付加訂正するほかは原判決書理由記載中該当部分(原判決書一〇枚目表五行目から一三枚目表八行目まで)と同一であるからこれをここに引用する。

(一)  原判決書一〇枚目表八行目末尾に「当審において取り調べた証拠中にも右認定を左右するものは存しない。」を加える。

(二)  原判決書一二枚目表一行目末尾に「現場付近には本件事件当時横断歩道がなく、ガードレールの右切目から歩行者が随時横断するという状況であつた。」を加える。

(三)  原判決書一三枚目表八行目末尾に、「国子に過失がなかつたとして、控訴人らが当審において主張する事故発生の原因および状況に関する具体的事実中、前記認定にそわない部分は、これを認定するのに足りる証拠がないのでこれを認め難く、国子の過失を全く否定しえない。」を加える。

三  そこで控訴人らの蒙つた損害につき検討する。

(一)  葬儀費用

この点につき当裁判所は原判決書理由記載中該当部分(原判決書一三枚目表一〇行目から一四枚目裏七行目まで)と、同一の理由により金二五万円が本件事故と相当因果関係をもつ損害であると認めるので、これをここに引用する。

そうすると、前認定による国子の過失割合による相殺をすると、被控訴人らの負担すべき本項の賠償額は金二一万二、五〇〇円となる。

(二)  控訴人山田のうつ病による損失と本件事故との因果関係

右点に関する当裁判所の判断は、原判決書一六枚目表二行目末尾に、「控訴人山田主張の右事実は、同人の精神的苦痛に対する慰藉料算定において参考に供すれば足りる。」を加えるほかは原判決書理由二の(一)の2(一四枚目裏八行目から一六枚目表二行目まで)と同一であるからこれを引用する。

(三)  国子の逸失利益

〔証拠略〕によれば国子は昭和二五年七月八日控訴人らを父母として出生したこと、また〔証拠略〕を総合すると国子の健康状態は普通で特に缺陥はなく、心身の発育良好のうえ、東京都立高等学校二年に在学中であり、学業成績も優良で、絵画、書道、珠算等に秀で、将来は四年制の大学に進学し、デザイナーとして身を立てようと志し、もつぱら勉学に励んでいたこと、控訴人らも必ず大学に進学させて国子の好む道に就かせたいと考えていたし、右進学をさせうる経済的能力も備えていたことが認定でき、右認定を左右する証拠はない。

右認定の事実によれば、国子は将来大学に進学し希望通りデザイナーまたは類似の職に就くこともかなりの程度推測されるのであるが、一方同人が死亡当時なお高等学校第二学年に在学していたにすぎないこと、一般に年少者の進路は大学進学者のばあい大学入学後一、二年経過してからでないと明確には予測しえず、特に女子にあつては専門科目を履修しても、適当な配偶者を得て家庭を持てば主婦として生涯、育児その他家事労働に専念することが極めて多い等の事情にかんがみるときは、同人の逸失利益の算定については、同人は本件事故後早くとも六年後でなければその期待する大学を卒業できないし、同卒業後生涯高級専門職としての収入を保持しうるものともいえないことを考えて、確実なところは、少くともその後三八年間は平均的な女子労働者としての収入を保持しうるものとするのが相当であり、その間の収入として年平均金六一万一、二〇〇円をえられるであろう労働をなしえたものと考えられる。(昭和四六年賃金センサスによれば同年における全女子労働者の月間給与額が金三万八、四〇〇円であり、年間賞与額が金一五万〇、四〇〇円であり、昭和四八年においては少くとも以上の各一割増であることが公知の事実として認められる。そして国子が稼働を開始すると認められる昭和四八年度における全女子労働者の月間給与額および年間賞与額が右金額に達することは本件事故当時一般に予測しえられたことである。)

国子はこれから自己の生活費を控除したものを純利益としてえられたであろうと考えられるところ、右認定の諸事実にかんがみると生活費として控除すべきは右収入額の五〇%を越えることはないと認められるので国子の一年当り平均純収益は金三〇万五、六〇〇円となる。

右純収益の現在価値をホフマン式計算法(年毎複式)により年五分の割合による中間利息を控除して求めると別紙計算表のとおり金四八三万九、六九五円となる。

なお控訴人らはホフマン式計算法適用につき、月毎複式方式により年五分の割合による中間利息を月毎に控除して現価を求めるべきである旨主張するが、本件のように長期間にわたつて取得されるばあいは右方式に拠るのは適切でないのみでなく、国子が将来如何なる職業で収入を得るかは明らかになしえないところから少くとも主婦としての稼働によつてえられるであろう利益をも考慮に入れて平均的女子労働者としての労働による利益はあげうるとして全女子労働者の平均賃金を右計算の基礎として採用したのであるから、右利益を月毎に得ると考えるよりも、商人・農民ないしは自由業者におけるように、年毎に右金額相当の利益を得るものと解した方が妥当であるので年毎複式を採用した。

また国子の将来取得するであろう利益から公租公課を控除することは、右認定のとおり年間の収入が少額であるばあいは特に考慮する程のことはなく、前記生活費に含めることで足りるものとして、これを行わず、国子が稼働を開始するまでの六年間における養育費は国子が負担すべき費用ではないから同人の右純益から控除するを要しないと解する。

そうすると、前認定の過失割合による相殺をすると、被控訴人らの負担すべき本項の賠償額は金四一一万三、七四〇円(但し円未満切捨)となる。

(四)  慰藉料

当事者間に争いのない事実および上来認定の事実、国子にも一五%相当の過失割合を認めうることをしんしやくすると、国子の受けた精神的苦痛に対する慰藉料を金二〇〇万円、控訴人らの慰藉料は各一〇〇万円と定めるのを相当とする。なお控訴人金が国子の将来を非常に楽しみにしていたこと、同人が長年他国で苦労し、漸く経済的に恵まれた状態になつたところで、子女のうち最も期待していた国子を失い、かつ、その後妻の病気等で長年月不自由な生活をしたこと、控訴人山田は本件事故の衝撃によつてうつ病を悪化、持続させられ、そのため、本件事故後四、五年間も療養生活を余儀なくされた事情も右算定に当つて考慮した。

(五)  国子が控訴人らの子であること、控訴人らは国子の損害賠償請求権を各二分の一の割合をもつて相続したことにつき当事者間に争いがない。そうすると国子の逸失利益および慰藉料の合計金六一一万三、七四〇円を控訴人各人において半額づつ、すなわち金三〇五万六、八七〇円(円未満切捨)づつ相続したこととなる。

(六)  以上の次第で控訴人金は前段認容の葬式費用を含め、本件事故による損害賠償請求権として合計金四二六万九、三七〇円、同山田は合計金四〇五万六、八七〇円の債権を取得したところ、控訴人各人に対し内金一〇一万七、五〇〇円宛の損害金填補がなされたことは同人らにおいて自陳し、被控訴人らもこれを争わないから前記金額からこれを控除すると控訴人金については金三二五万一、八七〇円、同山田については金三〇三万九、三七〇円が未填補損害金である。

そして、被控訴人らは未だ右損害金の支払についてその本旨にしたがつた弁済または弁済の提供をしたことの主張立証をしていない(〔証拠略〕によると被控訴人ら訴訟代理人から電話で原判決において認容された金額のみにつき支払をしたい旨の申出があつたことが窺われるが、右は未だ以上に認定された賠償義務の本旨にしたがつた弁済の提供とはいえない)ので被控訴人らは控訴人らに対し右金員に対する本件事故発生の日(昭和四二年五月一八日)から支払済までの民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(七)  〔証拠略〕によれば控訴人らは右金員請求のため本件訴を提起することを余儀なくされ、それがため弁護士である控訴人ら訴訟代理人にその取立を委任し、その報酬として金一一七万円宛を支払う旨約定したことが認められ、右認定に反する証拠はなく、その額そのものを不当とする根拠はないが、本件訴訟の経緯・認容額その他諸事情に照らすと、右のうち控訴人らが被控訴人らに対し不当抗争による損害の賠償として求めることのできるのは各自金二〇万円をもつて相当とする。また右金員に対する遅延損害金は控訴人らにおいてその支払時期に関する主張・立証がないから認容しえない。

四  以上のとおりで控訴人金は合計金三四五万一、八七〇円およびこれより前項の二〇万円を除いた金三二五万一、八七〇円に対する本件事故の翌日である昭和四二年五月一九日から右金員支払済までの民事法定利率年五分の割合の遅延損害金の支払を被控訴人ら各自に対し請求することができ、控訴人山田は金三二三万九、三七〇円およびこれより前項の二〇万円を控除した金三〇三万九、三七〇円に対する右同日から支払済までの年五分の割合による遅延損害金を被控訴人ら各自に対し請求することができる。

したがつて、控訴人らの本件請求は右限度において理由があり、その余は失当として棄却すべきである。そうするとこれと趣を異にする原判決は変更を免れない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条および第九三条、仮執行の宣言および同免脱につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治 上野正秋 兼子徹夫)

計算表

(1) 22才から60才まで就労可能とすると

60-22=38

22-16=6

(2) そこで年収305,600円として本件事故時における国子の逸失利益の現価をホフマン式計算法によつて求めると

305,600円×{20.9703(38年ホフマン係数)-5.1336(6年ホフマン係数)}=483,969円

但しホフマン係数は小数点以下5位は四捨五入し、算出された現価の円未満は切捨

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